210 龍光院・愛染堂・万年草の露店商
表面の左に「大師の起居にあたられし/質朴な御住坊なり」、中央に「西行ざくらあり愛染?の/宿坊にあてられし愛染堂」、右に「万年草の露店軒をつらね/匠松の心中万年草で有名なり」とある。
デジタルデータ「絵葉書」です。
表面の左に「大師の起居にあたられし/質朴な御住坊なり」、中央に「西行ざくらあり愛染?の/宿坊にあてられし愛染堂」、右に「万年草の露店軒をつらね/匠松の心中万年草で有名なり」とある。
表面の左上に「宿坊宝寿院を/尋ねて、仰墓する/弘法の御手にかへらむ」、右上に「院庭の樹木も礎にして/鳥羽天皇皇后の御陵美福門院」、左下に「貧者の一燈も白河法皇の/永代燈明も消へること/なく法燈連綿と」、右下に「特別保護三昧院の白壁に/したたる?り映え」とある。
表面の右上に「月明の聖山を/下降す高野ケーブル/カーの夜景情緒」、右下に「西燈、釣鐘堂に/月たかくして/幽?閑?なり」、左上に「仏法僧鳥の鳴き/声に夜の更けし/高野山門に月さして」、左下に「燈明の光り月明に浮き/両大明神寂々と。」とある。
表面に「高野山 金剛峰寺玄関(結構壮大総本山の/玄関たるに背かずこれを以て全班を窺知するに足る」とある。
「高野登山紀念/海抜三千尺/★10.10.14」と押印されている。
表面に「高野山 御影堂及び三鈷松(本尊弘法大師は真如親王の御筆/にして大師自ら開眼し給ふ松は唐土より投げ給ひ三鈷掛れりと伝ふ)」とある。
「高野登山紀念/海抜三千尺/★10.10.14」と押印されている。
表面に「高野山 苅萱堂/(筑前の住人加藤佐衛門氏重郷[卿?]が四十年間御修行の御堂)」とある。
「高野登山紀念/10.10.14」の押印がある。
表面に「高野山 御廟橋 (御崩御前玉川に架す是/より以前は最も浄域の構造は深義を寓すといふ)」
「高野登山紀念/海抜三千尺/★10.10.14」の押印がある。
高野山 金堂 (十四間四面銅瓦葺二層殿/宇本尊薬師如来堂内の荘厳善美を尽すこと天下無双)」とある。
「高野登山紀念/海抜三千尺/10.10.14」の押印がある。
表面に「高野山 女人堂/(本尊大日如来これ女人禁制の昔をしのぶ絶好の記念物なり)」とある。
「高野登山紀念/海抜三千尺/★10.10.14」の押印がある。
左側に「金剛峯寺境内」と書かれた柱が写る。右に「大正?年?月一日/霊宝館閉館/高野山金剛峯寺」「?????」の立札、右中央に「?/?/結縁灌頂修行/総本山金剛峯寺」の立札、右左に「?/?/?」の立札がある。
表面に「高野山 六時ノ鐘ノ遠景 元和元年福島正則ノ建立 (三島発行)」とある。
現在、六時の鐘は木に覆われているが、気が全く見られない。手前には盛り土がされており、木が生えており、その前には池がある。この部分は現在は駐車場となっているが、この当時は庭園があったと言われている。